Category: M&A
Author: Shibata
Date: 2026.10.30
旅館の売却は、ホテルや民泊の売却と比べて確認すべき項目が多くなります。温泉の権利、古い建物の法適合、住み込みの従業員、長年の取引先、家族経営ゆえの帳簿の状態など、旅館ならではの事情が価格と買主の範囲を左右するためです。一方で、インバウンド需要を背景に、地方の旅館を買ってリブランドしたい事業者や投資家は増えており、準備を整えた旅館には買い手が付きやすい環境が続いています。
本記事では、旅館の売却を考え始めた所有者の方に向けて、売り出す前に確認しておくべき項目を、許可、温泉、建物、土地、人と契約、財務の順に整理し、売り方の選択と価格の見方、売却の流れと期間までを、1,000施設以上の宿泊施設の運営に関わってきた株式会社Archがまとめます。具体的な査定のご相談は旅館の売却・不動産査定ページで受け付けています。
旅館・ホテルの営業施設数は、衛生行政報告例によると2024年度末で52,946施設です。旅館営業とホテル営業が区分されていた2017年度までの統計では、旅館営業は1980年度の約83,000施設から2016年度には約38,600施設まで減っており、減少の大半は地方の小規模旅館です。
帝国データバンクの集計では、2025年の宿泊業の倒産は89件で2年連続の増加、休業・廃業・解散は178件で、合計267件が市場から退出しました。発生地域の7割超は首都圏・京阪神・中京以外の地方で、老朽化や修繕費を要因に含む事例の割合が上がっています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 旅館・ホテルの施設数(2024年度末) | 52,946施設(簡易宿所は44,901施設) |
| 2025年の宿泊業の倒産 | 89件(2年連続増加) |
| 2025年の休業・廃業・解散 | 178件 |
| 退出の地域分布 | 地方が7割超 |
| 買い手側の動き | インバウンド需要を背景にした旅館のリブランド投資、運営会社による取得、海外投資家の参入 |
つまり、何もしなければ廃業に向かう旅館が多い一方で、立地と建物に見どころがあれば、買い手は見つかる市場です。売却で差が付くのは、次に挙げる確認項目をどこまで整えて売り出せるかです。
旅館業の許可は、2023年12月13日施行の改正旅館業法で、事業譲渡に伴う承継が認められました。都道府県知事(保健所設置市では市長・区長)の承認を受ければ、買主は新規に許可を取り直さずに営業を続けられます。相続や法人の合併・分割による承継は改正前から認められています。
| 売り方 | 許可の扱い | 営業の空白 |
|---|---|---|
| 不動産売買(土地建物のみ) | 買主が新規に許可を取得。構造設備が現行基準に合うかを再審査される | 発生しやすい |
| 事業譲渡 | 事前に承認申請。承認後は売主の許可を買主が承継 | 承認までの期間を見込めば回避できる |
| 株式譲渡(法人ごと) | 許可を持つ法人が変わらないため手続き不要 | なし |
注意したいのは、不動産売買で買主が許可を取り直す場合、古い旅館は現行の構造設備基準や消防法令に適合しない部分が見つかり、改修なしには許可が下りないことがある点です。これが買主の範囲を狭め、価格を下げる要因になります。承継の申請の流れは簡易宿所の売却方法と旅館業許可の引き継ぎで、新規取得の流れは旅館業許可の取り方で詳しく扱っています。
温泉旅館の売却で最も見落とされやすいのが温泉の権利です。温泉そのものの利用許可(温泉法に基づく温泉利用許可)は施設ごとに与えられるものですが、湯がどこから来ていて、その権利が誰のものかは別の問題です。
| 源泉の持ち方 | 権利の内容 | 売却時の確認事項 |
|---|---|---|
| 自家源泉 | 自分の土地に源泉があり、掘削・動力装置の許可を持つ | 掘削許可・動力装置許可の名義、湧出量と温度の推移、ポンプや配管の更新履歴、源泉のある土地が売却対象に含まれるか |
| 引湯・分湯 | 他人の源泉から配管で湯を引く契約(分湯契約)を結んでいる | 契約書の有無、契約期間と更新条件、分湯料、譲渡時に相手方の承諾が必要か、配管の所有者と通過する土地の権利 |
| 温泉組合・自治体からの配湯 | 組合員として、または供給契約で配湯を受ける | 組合の加入資格(譲渡で引き継げるか、加入金が必要か)、供給量の上限、組合の規約 |
温泉権は法律上の明文規定がなく、地域の慣習と契約で成り立っています。契約書がない口約束のまま何十年も続いている例は珍しくありません。買主は必ずここを確認しますので、売却を決めたら最初に契約の有無と内容を整理し、相手方への事前相談が必要なら早めに着手します。温泉分析書(10年ごとの再分析が義務)の期限も確認しておきます。
旅館は築年数の古い建物が多く、建物の評価と法適合の確認が価格を大きく動かします。
| 確認事項 | 見られる点 | 対応 |
|---|---|---|
| 耐震 | 1981年5月以前の建築確認(旧耐震)か。一定規模以上の旅館は耐震診断の実施と結果の報告が義務 | 診断結果と補強の見積もりを用意する。未診断なら診断を先に行うか、買主負担を前提に価格で調整 |
| 検査済証と増改築 | 増築を繰り返した旅館は検査済証がない、確認申請をしていない増築部分がある例が多い | 図面と現況の照合。建築士による既存建築物の調査報告書を用意する |
| 消防 | 消防法令適合通知書、自動火災報知設備・スプリンクラーの設置状況、点検報告の継続 | 点検が止まっていれば再開し、不備は是正する |
| 修繕履歴と今後の修繕 | 屋根・外壁・防水、給排水と配管(温泉の配管は腐食が早い)、ボイラー、空調、エレベーター | 今後5年の修繕見込みを一覧にする。買主の不確実性を減らし、過大な値引きを防ぐ |
| 浄化槽・排水 | 下水道未整備地域では浄化槽の種類と法定点検、温泉排水の処理 | 点検記録を揃える |
| アスベスト | 2006年以前の建物は含有建材の有無。解体・改修時に調査義務 | 調査済みなら報告書を提示 |
建物の不備は、是正費用そのもの以上に価格を下げます。買主は不確実な費用に対して余裕を見て値引きするためです。すべてを直す必要はありませんが、何がどの程度の費用で直るかを示せる状態にしておくことが重要です。
| 確認事項 | 内容 |
|---|---|
| 所有権か借地権か | 借地の場合、残存期間、地代、譲渡承諾料(地主の承諾が必要)、更新の条件。寺社や自治体が地主の温泉地も多い |
| 都市計画区域 | 市街化調整区域や都市計画区域外の旅館は、建て替えや用途変更に制限がある。既存不適格の内容を確認 |
| 自然公園法・景観条例 | 国立・国定公園内では建築物の高さや色、増改築に許可が必要。温泉地の多くが該当する |
| 土砂災害警戒区域・浸水想定 | ハザードマップでの位置づけ。買主の融資審査に影響する |
| 境界と越境 | 山間部では境界未確定の土地が多い。確定測量の要否と費用 |
| 農地・山林の付属地 | 駐車場や庭が農地のままの例がある。農地転用や農地法の許可が必要になる |
| 複数名義 | 相続で名義が分かれている土地は、全員の同意と相続登記が前提。2024年4月から相続登記は義務化 |
土地の制約は買主の事業計画を直接左右するため、査定の段階で明らかにしておくと、後からの価格の引き下げや破談を避けられます。
旅館は人と関係性で成り立つ事業です。買主が営業を続ける前提なら、これらをどう引き継ぐかが価格と成約率に効きます。
| 項目 | 確認事項 |
|---|---|
| 従業員 | 人数、雇用形態、住み込みの有無と社宅の扱い、年齢構成、退職金規程と未払いの有無、社会保険の加入状況。不動産売買では雇用は原則引き継がれず、事業譲渡では個別の同意、株式譲渡では自動的に継続 |
| 女将・料理長など中核人材 | 継続して働く意思があるか。買主にとって最も重要な確認事項の一つ |
| 取引先 | 食材の仕入れ先、リネン、清掃、送迎バスの委託、旅行会社との送客契約(手数料率と契約の名義) |
| 予約と顧客 | 予約サイトのアカウント、公式サイトのドメイン、口コミ評価、常連客の名簿。引き渡し後の予約の扱い(売上と費用の精算方法) |
| 商標・屋号 | 屋号が商標登録されているか、屋号を買主が使えるか |
従業員に売却の話をいつ伝えるかは慎重に判断が必要です。早すぎれば不安から離職が起き、遅すぎれば引き継ぎに支障が出ます。買主が決まり、条件が固まった段階で中核人材から順に説明するのが一般的です。
家族経営の旅館では、帳簿の状態が買主の信頼と価格に直結します。
| 確認事項 | 内容 |
|---|---|
| 過去3年の決算書・確定申告書 | 売上、原価、人件費、修繕費、水道光熱費の推移。コロナ禍の補助金収入は除いて実力を示す |
| 月別の稼働率と客単価 | 季節変動、宿泊人数、一人あたり単価、客室稼働率と定員稼働率 |
| 借入金と担保 | 金融機関、残高、担保設定の内容。売却代金で完済できるか、抵当権の抹消手続き |
| 個人と事業の分離 | 自宅部分や家族の生活費が事業に混ざっていないか。買主が引き継ぐ費用構造を明確にする |
| 未払いと簿外債務 | 未払いの税金、社会保険料、取引先への債務、リース契約の残債 |
| 固定資産税評価額と土地建物の按分 | 消費税の計算と買主の減価償却に影響する |
赤字であっても売却はできます。買主は改善後の収益を前提に評価するためです。ただし、赤字の原因が構造的なもの(立地、建物)か、運営の工夫で改善できるものかを示せるよう、数字を整理しておきます。
旅館の売却には、土地建物を不動産として売る方法、事業を譲渡する方法、法人の株式を譲渡する方法があります。
| 項目 | 不動産売買 | 事業譲渡 | 株式譲渡 |
|---|---|---|---|
| 売る対象 | 土地・建物・付帯設備 | 旅館事業(資産、契約、従業員、許可を選んで譲渡) | 法人そのもの |
| 旅館業許可 | 買主が新規取得 | 承認を受けて承継 | 手続き不要 |
| 温泉の契約 | 相手方の承諾が必要 | 相手方の承諾が必要 | 原則そのまま |
| 従業員 | 引き継がれない | 個別同意で引き継ぎ | そのまま |
| 借入金 | 売主が完済 | 原則売主に残る(個別に承継も可) | 法人に残り買主が引き継ぐ(価格で調整) |
| 税金(売主) | 譲渡所得税(個人)または法人税 | 法人税(譲渡益) | 株式譲渡益課税(個人は約20%) |
| 向いている場合 | 廃業を決めていて建物の価値が中心 | 法人に他の事業や債務があり、旅館事業だけを切り離す | 営業を止めずに引き継ぎたい、許可や契約が多い |
個人事業の旅館は株式譲渡ができないため、不動産売買か事業譲渡になります。法人の場合は、法人に残る債務や過去の税務の状態によって買主の希望が変わるため、早い段階で税理士を交えて検討します。手数料の考え方はM&A手数料のページに、M&Aの進め方はM&A・事業承継(譲渡)のページにまとめています。
旅館の価格も、ホテルと同じく収益を基準にした評価が中心です。年間の純収益(NOI)を還元利回りで割り戻す収益価格と、土地の価格に建物の価値を加えた積算価格の両方を見て、買主の属性に応じて価格が決まります。計算の手順はホテルの売却価格はどう決まるかで詳しく説明しています。
旅館の場合に特徴的なのは次の点です。
| 特徴 | 価格への影響 |
|---|---|
| 地方・観光地のため利回りは都市型ホテルより高い | 同じ収益なら価格は低めになる。目安として都市型ホテルの期待利回りに1〜3ポイント程度を上乗せして見られることが多い |
| 料飲(夕朝食)の比率が高い | 売上に対する利益率がホテルより低く、人件費と原価の管理状況が評価に効く |
| 建物の老朽化 | 今後の修繕費を差し引いて評価される。修繕計画の有無で差が出る |
| 温泉と景観 | 代替の利かない立地は、収益が低くてもリブランド前提の買主が高めに評価することがある |
| 赤字・低収益 | 収益価格が出ないときは積算価格(土地の価格が中心)が下限になる |
リブランドを前提とする買主は、現在の収益ではなく改装後の収益で評価するため、建物の骨格、客室の広さ、眺望、温泉の質といった変えられない要素の価値が高い旅館は、現在の数字以上の価格が付くことがあります。
| 段階 | 内容 | 期間の目安 |
|---|---|---|
| 1. 事前整理 | 本記事の確認項目を整理。温泉契約、図面、許可書、決算書、修繕履歴を揃える | 1〜3か月 |
| 2. 査定と売り方の決定 | 収益価格と積算価格を算出。不動産売買・事業譲渡・株式譲渡のどれで進めるか決める | 2〜4週間 |
| 3. 買主探し | 匿名の概要書で打診。運営会社、投資家、同業の旅館、地元の事業者。複数候補に同時に打診して競争環境をつくる | 2〜6か月 |
| 4. 現地確認と条件交渉 | 営業中の旅館は従業員や客に知られないよう日時を調整。価格、引き渡し時期、従業員の処遇、瑕疵の扱い | 1〜2か月 |
| 5. 基本合意と買主の調査 | 建物、法務、財務の調査(デューデリジェンス)。金融機関の融資審査 | 1〜2か月 |
| 6. 契約と許可の手続き | 売買契約または譲渡契約。事業譲渡なら旅館業許可の承継承認申請、温泉契約の名義変更 | 1〜2か月 |
| 7. 引き渡し | 代金決済、登記、予約と売掛金の精算、従業員への説明、鍵と設備の引き渡し | 1日〜数週間 |
全体で6か月から1年程度を見込みます。繁忙期を避けて引き渡し日を設定するのが一般的で、年末年始やゴールデンウィーク前の引き渡しは避けます。
できます。むしろ営業中のほうが、収益の実績と従業員の体制を引き継げるため、高く売れる可能性が高くなります。休業すると建物の傷みが早まり、買主は再開の費用を見込んで値引きします。売却活動は従業員や客に知られないよう匿名で進め、現地確認は休館日や閑散期に行います。
廃業には、従業員の退職金、設備の処分、建物の解体(木造旅館でも数千万円かかることがある)、借入金の返済が必要で、手元に残らないどころか持ち出しになる例が多くあります。売却であれば、建物を活かして買主が事業を続けるため、解体費が不要で、従業員の雇用も続く可能性があります。まず査定を受けてから判断することをお勧めします。
まず源泉の所有者や温泉組合に現在の取り決めを確認し、書面にすることから始めます。長年の実績があれば、相手方も書面化に応じることが多いです。書面化が難しい場合でも、分湯料の支払い記録や過去のやり取りを整理しておくと、買主への説明材料になります。
売れます。ただし、買主の融資が付きにくく、耐震補強費を差し引いた価格になります。耐震診断を先に行い、補強費の見積もりを用意しておくと、買主が計画を立てやすくなり、過大な値引きを避けられます。立地が良ければ、建て替えや大規模改修を前提に土地の価値で買う投資家もいます。
個人所有の土地建物を売る場合、所有期間5年超なら譲渡所得に対して所得税・住民税あわせて約20%です。建物部分には消費税がかかります。法人の場合は譲渡益に法人税がかかり、株式譲渡なら株主個人に約20%の譲渡益課税です。どの売り方が手取りを最大にするかは、取得費や繰越欠損金の有無で変わるため、税理士にご確認ください。
旅館の売却では、旅館業許可の承継、温泉の権利と契約、建物の法適合と修繕、土地の権利と立地の制約、従業員と取引先、財務と帳簿の6つを事前に確認し、売り方を不動産売買・事業譲渡・株式譲渡から選びます。地方の旅館の退出が続く一方で、立地と建物に見どころのある旅館にはリブランド前提の買い手が付く市場です。
確認項目を整えてから売り出すことが、買主の範囲を広げ、価格の引き下げや破談を防ぐ最も確実な方法です。
株式会社Archでは、1,000施設以上の宿泊施設の運営経験をもとに、旅館の査定、売却前の整理の助言、買主探し、不動産売買とM&Aの選択まで一貫して対応しています。旅館の売却・不動産査定ページから匿名でのご相談も受け付けていますので、お気軽にお問い合わせください。
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