Category: M&A
Author: Shibata
Date: 2026.10.20

簡易宿所の売却で最初に決めなければならないのは、価格ではなく、旅館業の許可をどう扱うかです。許可を買主に引き継ぐのか、買主に取り直してもらうのか。この選択によって、売却の方法、必要な書類、かかる期間、そして売れる価格が変わります。
2023年12月に施行された改正旅館業法で、事業譲渡による営業者の地位の承継が認められ、簡易宿所の売却の選択肢は3つになりました。不動産として売る、事業として譲渡する、法人ごと株式を譲渡する、の3つです。本記事では、それぞれの仕組みと向いている場面、売却前に確認する書類、価格の考え方、そして2026年の民泊規制強化で変わった買い手の動きを、1,000施設以上の宿泊施設の運営に関わってきた株式会社Archが整理します。
簡易宿所の売却を具体的に検討されている方は、簡易宿所の売却・査定ページもあわせてご覧ください。
簡易宿所は、旅館業法上の営業種別の一つで、ゲストハウス、ホステル、戸建てを改装した一棟貸しの宿、カプセルホテルなどが該当します。住宅宿泊事業法の民泊と違い、年間の営業日数に上限がありません。
2026年に入り、簡易宿所の売買に関する相談が増えています。売り手側の理由は、後継者がいない、開業時の借入の返済が重い、民泊から切り替えたが運営が続かない、といった従来からのものに加え、経営者の高齢化と相続対策が目立ちます。買い手側では、民泊の規制強化を受けて、営業日数の制限がない旅館業許可付きの物件を探す動きが明確になりました。東京23区では新宿区や文京区などで民泊の営業を住宅地で原則禁止、あるいは週末のみに限る条例改正が進んでおり、年間を通じて営業したい事業者にとって、許可を取得済みの簡易宿所は時間を買う手段になっています。規制の動きは民泊規制の最新動向(2026年10月版)にまとめています。
つまり、簡易宿所の売却では、建物と土地の価値だけでなく、許可を取得済みであることと、営業実績そのものに値段が付く局面です。許可をどう引き継ぐかが価格に直結する理由はここにあります。
旅館業の許可は、施設に対してではなく、営業者(個人または法人)に対して与えられます。建物を売っても、許可は自動的には買主に移りません。これが簡易宿所の売却を一般の不動産売却と分ける最大の違いです。
従来、許可を引き継げるのは、相続、法人の合併、法人の分割の場合に限られていました。個人が営む簡易宿所を別の個人や法人に売る場合、買主は許可を新たに取り直す必要がありました。2023年12月13日に施行された改正旅館業法では、ここに事業譲渡が加わり、都道府県知事(保健所設置市では市長・区長)の承認を受ければ、事業譲渡でも営業者の地位を承継できるようになりました。
| 承継の原因 | 改正前 | 改正後(2023年12月13日以降) |
|---|---|---|
| 相続 | 承継可(死亡後60日以内に承認申請) | 変更なし |
| 法人の合併・分割 | 事前の承認で承継可 | 変更なし |
| 事業譲渡(個人間、個人と法人の間、法人間) | 不可。買主が新規に許可を取得 | 事前の承認で承継可 |
| 株式譲渡(法人の株主が替わる) | 許可主体は変わらないため手続き不要(変更届の対象になる場合あり) | 変更なし |
この改正により、売却の選択肢は実質的に3つになりました。

土地建物を通常の不動産売買で売り、買主が自分の名義で旅館業の許可を新たに申請する方法です。売主は引き渡しまでに廃業届を出し、買主は許可が下りてから営業を始めます。
この方法の利点は、手続きが不動産売買と許可申請に分かれていて分かりやすいこと、売主が営業上の債務や契約関係を引き継がせずに済むことです。一方で、買主の許可取得には通常1か月から3か月程度かかり、その間は営業できません。また、建物が現行の基準を満たしていない場合、買主の許可が下りないか、追加工事が必要になることがあります。既存の許可は、取得当時の基準で下りている場合があるため、現在の用途地域、建築基準法、消防法の基準で再審査されると通らないケースが実際にあります。
向いているのは、建物の法適合に問題がなく、買主が宿泊業の経験者で自分の体制で運営し直す場合です。売主にとっては最も責任範囲が明確な方法です。
改正旅館業法で可能になった方法です。売主と買主が事業譲渡契約を結び、譲渡の効力発生前に、保健所に営業承継の承認申請を行います。承認を受ければ、買主は新たに許可を取り直すことなく、売主の許可に基づく営業者の地位を引き継いで営業を続けられます。
承認申請には、事業譲渡契約書の写しや、譲渡の当事者・施設名・所在地・譲渡日を記した覚書、買主が法人の場合は定款などを添付します。手数料は自治体により異なり、数千円程度のところが多いようです。必要書類と審査の詳細は自治体ごとに運用が異なるため、所管の保健所に事前相談することをおすすめします。
利点は、営業を止めずに引き継げることと、現行基準での再審査を経ずに済むことです。注意点は、買主が引き継ぐのは許可だけでなく、その許可の内容と状態も含まれる点です。既存の営業に法令上の不備があれば、承継後はその責任を買主が負います。そのため買主側は、承認申請の前に、許可の内容(客室数、定員、構造設備)と現況が一致しているか、変更届が漏れていないかを確認します。売主側は、この確認に耐えられるよう、許可書、図面、変更届の控えをそろえておく必要があります。
向いているのは、営業中で稼働実績がある施設を、営業を止めずに引き渡したい場合です。不動産の所有権も同時に移す場合は、事業譲渡契約と不動産売買契約を並行して進めます。建物を売主が保有したまま、事業だけを譲渡して賃貸借に切り替える形も可能です。
簡易宿所を法人で運営している場合、法人の株式を買主に譲渡する方法です。許可を持つ法人は変わらないため、旅館業法上の承継手続きは不要で、営業はそのまま続きます。役員の変更などは変更届の対象になります。
利点は、許可、不動産、従業員、取引先との契約、予約サイトのアカウントなどを一度に引き継げることです。複数の施設を1つの法人で運営している場合にも向いています。一方で、買主は法人の債務や過去の税務、簿外のリスクをすべて引き受けるため、財務や法務の調査(デューデリジェンス)が必要になり、不動産売却や事業譲渡に比べて準備と交渉に時間がかかります。また、法人に宿泊業以外の事業や資産が含まれる場合は、事前に切り分けが必要です。
向いているのは、法人が宿泊業専業で、複数施設を運営している、または従業員や契約関係をそのまま引き継いでほしい場合です。M&Aとしての進め方はM&A・事業承継(譲渡)のページにまとめています。
| 項目 | 不動産売却 | 事業譲渡 | 株式譲渡 |
|---|---|---|---|
| 許可の扱い | 買主が新規取得 | 承認を受けて承継 | 法人が保有したまま |
| 営業の空白期間 | 許可取得まで1〜3か月程度 | 原則なし | なし |
| 現行基準での再審査 | あり | なし(ただし現況と許可内容の一致は確認される) | なし |
| 買主が引き継ぐ範囲 | 不動産のみ | 事業(許可、契約、備品など契約で定めた範囲) | 法人の全資産・全債務 |
| 売主の責任範囲 | 最も限定的 | 譲渡した事業に関する表明保証 | 法人の過去すべてに関する表明保証 |
| 準備期間の目安 | 短い | 中程度 | 長い(調査が必要) |
| 向いている場面 | 建物の法適合に問題がなく、買主が自分で許可を取る | 営業中の施設を止めずに引き継ぐ | 法人が専業で、複数施設や従業員ごと引き継ぐ |
どの方法を選ぶ場合でも、買主と仲介会社は次の書類を確認します。売却を決めたら、まずこれらが手元にそろっているかを点検してください。
| 区分 | 書類 | 確認される内容 |
|---|---|---|
| 旅館業 | 営業許可書、許可申請時の図面、変更届の控え | 許可の種別と内容、客室数・定員、現況との一致 |
| 建築 | 検査済証、確認済証、用途変更の確認申請書(該当する場合) | 建物が適法に建てられ、宿泊施設として用途変更されているか |
| 消防 | 消防法令適合通知書、消防用設備等の点検報告書 | 自動火災報知設備・誘導灯などの設置と点検状況 |
| 都市計画 | 用途地域、地区計画、条例による制限 | 現在地で旅館業が営業できる区域か。買主が許可を取り直す場合に特に重要 |
| 不動産 | 登記事項証明書、公図、測量図、賃貸借契約書(借地・借家の場合) | 所有関係、境界、借地権の承継条件 |
| 運営 | 過去2〜3年の月次売上・稼働率・客室単価、予約サイトの評価、宿泊者名簿の管理状況 | 収益性と運営の健全性 |
| 契約 | 清掃・リネン・予約システム・OTAなどの契約書 | 承継できる契約と解約が必要な契約の切り分け |
検査済証がない建物は少なくありません。検査済証がなくても売却自体はできますが、買主が許可を取り直す場合や、金融機関の融資を受ける場合に支障になります。この場合、建築士による既存建築物の調査(建築基準法適合状況調査)を行い、適法性を示す報告書を用意する方法があります。売却の準備段階で、この調査が必要かどうかを判断しておくと、買主との交渉がスムーズです。
また、民泊から簡易宿所に切り替えた施設では、住宅宿泊事業の廃業届が出ているか、旅館業の許可申請時の図面と現況が一致しているかを確認してください。切り替え時に行った工事が変更届として提出されていないケースは、承継の審査で指摘されやすい点です。

簡易宿所の価格は、不動産としての価値と、事業としての価値の2つの見方で決まります。
営業中で稼働実績がある施設は、収益還元法が中心になります。年間の売上から運営費(清掃、光熱費、予約サイト手数料、消耗品、人件費など)を引いた純収益を、期待利回りで割り戻して価格を出します。簡易宿所の期待利回りは、立地と建物の状態、運営の手離れの良さによって幅があり、都市部の好立地で運営が安定している施設ほど低い利回り(高い価格)で評価されます。
これに加えて、許可を取得済みであること自体の価値があります。同じ建物を住宅の状態から簡易宿所として開業するには、用途変更の設計・申請、消防設備の工事、許可申請の手続きで、数百万円の費用と半年から1年の期間がかかるのが一般的です。買主にとっては、この費用と期間を節約できる分が、許可付き物件の上乗せ価値です。事業譲渡や株式譲渡で営業を止めずに引き継げる場合は、空白期間の売上を失わない分も加わります。
一方で、価格を下げる要因もあります。検査済証がない、消防設備の点検報告が止まっている、許可内容と現況がずれている、といった法令面の不備は、買主が是正費用を見込むため、その分が価格から差し引かれます。売却前に是正できるものは是正しておくほうが、結果として手取りが増えることが多いです。
| 価格を上げる要素 | 価格を下げる要素 |
|---|---|
| 安定した稼働実績と直接予約の比率の高さ | 検査済証がない、用途変更が未了 |
| 許可内容と現況の一致、変更届の整備 | 消防設備の点検報告の未提出 |
| 用途地域上、旅館業が継続できる立地 | 条例の改正で旅館業にも立地規制がかかる見込みの区域 |
| 営業を止めずに引き継げる(事業譲渡・株式譲渡) | 予約サイトの評価が低い、口コミの未対応 |
| 清掃・運営の体制が外注で整っている | 所有者個人に依存した運営(引き継ぎ後に稼働が落ちる懸念) |
簡易宿所の売却は、おおむね次の順序で進みます。
| 段階 | 内容 | 期間の目安 |
|---|---|---|
| 1. 事前相談・査定 | 許可書、図面、収支をもとに価格の目安と売却方法を検討 | 1〜2週間 |
| 2. 書類の整備 | 検査済証・消防・変更届の確認、不備があれば是正や調査を手配 | 2週間〜2か月 |
| 3. 買主探し | 購入希望者への非公開での打診、現地確認 | 1〜3か月 |
| 4. 条件交渉・契約 | 売却方法の確定、価格と引き継ぎ範囲の合意、契約締結 | 2〜4週間 |
| 5. 許可の手続き | 事業譲渡なら承認申請(効力発生前)、不動産売却なら買主の許可申請と売主の廃業届 | 事業譲渡:数週間 不動産売却:1〜3か月 |
| 6. 引き渡し | 決済、鍵・備品・予約データ・OTAアカウントの引き継ぎ | 1日〜数週間 |
事業譲渡の場合、承認申請は譲渡の効力発生前に行う必要があるため、契約で効力発生日を承認後に設定します。不動産売却で買主が許可を取り直す場合は、許可が下りるまで営業できないため、引き渡し日と営業開始日の間の空白期間をどちらが負担するかを契約で決めておきます。
予約サイトのアカウントや、先々の予約の引き継ぎも、早い段階で取り決めが必要です。予約サイトによってはアカウントの名義変更ができず、買主が新規にアカウントを作り直す必要があります。その場合、過去の口コミ評価は引き継げないため、価格交渉の材料になることがあります。

2026年7月に国が自治体に対し、条例による民泊のゼロ日規制を容認する技術的助言を出して以降、東京23区を中心に民泊の規制強化が相次いでいます。新宿区は住宅地で民泊を既存施設も含めて原則禁止する条例改正を発表し、文京区は区内全域で平日営業を禁止する改正条例を可決しました。
この動きは、簡易宿所の買い手を2つの面で変えています。
一つは、民泊の運営者が旅館業への切り替えを検討し始めたことです。自分の物件で許可を取り直すには用途地域や建物の基準を満たす必要があり、満たせない場合は、許可を取得済みの簡易宿所を買うほうが早いという判断になります。もう一つは、インバウンド需要を取り込みたい投資家が、営業日数の制限がない簡易宿所を探していることです。
ただし、注意点もあります。国の技術的助言は、住宅地の環境保護を理由に民泊を規制する場合、簡易宿所などの旅館業施設にも都市計画などで整合を取るよう自治体に求めています。新宿区や文京区では、旅館業法施行条例もあわせて改正し、フロントの設置や従業員の常駐を義務付ける方針です。無人運営を前提にした簡易宿所は、所在する自治体の条例改正によって運営コストが上がる可能性があり、買主はこの点を見ています。売却を検討している方は、所在自治体の旅館業法施行条例の改正動向を確認し、買主から聞かれたときに答えられるようにしておいてください。
引き継げません。住宅宿泊事業の届出は届出者ごとのもので、買主は新たに届出を行う必要があります。自治体の条例で新規の届出が制限されている区域では、買主が届出できないこともあります。詳しくは民泊物件の売却ページをご覧ください。
できます。ただし、許可を保持したまま休業しているのか、廃業届を出しているのかで扱いが変わります。許可を保持していれば事業譲渡による承継の対象になります。廃業届を出している場合は、買主が新規に許可を取得することになります。長期間休業している場合は、消防設備の点検が止まっていることが多いので、売却前に点検と報告を済ませておくことをおすすめします。
できます。改正旅館業法の事業譲渡による承継は、個人から法人、法人から個人、個人間、法人間のいずれにも適用されます。承認申請の際に、買主が法人であれば定款などの提出が求められます。
自治体により異なりますが、書類がそろっていれば数週間程度が目安です。ただし、許可内容と現況が一致していない場合や、変更届が漏れている場合は、先にその是正を求められることがあります。売却を決めた段階で所管の保健所に事前相談しておくと、必要な手続きと期間が見通せます。
不動産売却として進める場合は宅地建物取引業法の上限の範囲内、M&A(事業譲渡・株式譲渡)として進める場合は譲渡価格に応じた料率で算定します。当社の料率はM&A手数料のページに掲載しています。相談と査定は無料です。
簡易宿所の売却は、許可をどう扱うかを最初に決めることで、進め方が定まります。建物の法適合に問題がなく買主が自分で許可を取るなら不動産売却、営業中の施設を止めずに引き継ぐなら事業譲渡、法人が専業で複数施設や従業員ごと引き継ぐなら株式譲渡、が基本の考え方です。2023年12月の改正旅館業法で事業譲渡による承継が可能になったことで、個人が営む簡易宿所でも、営業を止めずに売却できるようになりました。
売却価格は、収益実績に加えて、許可を取得済みであることと、法令面の整備状況で決まります。検査済証、消防法令適合通知書、変更届の控えをそろえ、不備があれば売却前に是正しておくことが、手取りを増やす近道です。
株式会社Archでは、宿泊施設の運営経験をもとに、簡易宿所の査定から売却方法の選定、買主探し、許可の承継手続きの調整まで一貫して対応しています。簡易宿所の売却・査定ページから匿名でのご相談も受け付けていますので、お気軽にお問い合わせください。
本記事は2026年10月時点の法令・制度に基づいています。承継手続きの詳細は自治体によって異なるため、実際の手続きにあたっては所管の保健所および専門家にご確認ください。
宿泊施設のブランディング、OTA関連施策、マーケティング、各種制作から施設運営まで幅広く対応可能です。
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